屋根裏の居候 5

ジャッジは誰が

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 ルゥ :ずるいずるいずるい。それはアタシの分よ。

 チェ :欲張りすぎだよ、ルゥ。これはオレの分だ。

 ルゥ :だって、チェの分大きすぎるよ。半分こしようよ。

 チェ :やだ。

 ルゥ :ずるーい。ねえねえ、ウィ、チェったらずるいのよ。そうだわ、ウィに決めてもらえばいいんだわ。

 ウィ :なんやねん。またエネルギーの割り当てでモメとるんか。

 ルゥ :今日のおやつのクッキー。

 ウィ :キミらにはエージェントとしての自覚があるのんか。

 ルゥ :大ありよ。アタシたち、調査に出て来たんだもの。おやつはその戦利品。

 チェ :アタシたちだと? 実際に出て来たのはオレだぞ。オレのほうがよく働いてきたんだから、たくさん取ったっていいじゃないか。

 ルゥ :質量変換器を直したのはアタシよ。

 ウィ :なにい、質量変換器、直ったんか。

 ルゥ :大きさだけしか変わらないわよ。形態まで変えるにはエネルギー無駄に食い過ぎるわ。

 チェ :そうなんス。完全には直ってなくて。だから、二本棒足のオレでないと、地球人に化けられないんです。

 ウィ :それでチェが地球人に化けておやつを買いにいった、と。

 ルゥ :テスト運転。

 ウィ :なるほど。で、ワシになにをせえっちゅうんや。

 ルゥ :おやつを公平に分けてよ。

 ウィ :そんなもん、自分らで決め。

 ルゥ :だって、チェったら独り占めさせろ、って言うんだもん。

 チェ :そんなことは言ってない。エネルギーと同じように、公平に分けるべきだ、と言っている。

 ルゥ :公平公平、って言うけどさ、あんたの公平じゃないの。ねえ、ウィ、どう思う。

 ウィ :そんなの知らんよ、と言いたいところやが、全く、しょうがないラトシュツールたちやな、キミらは。で、なんやね、キミらは、ワシが決めたら、それで納得するんやな。

 ルゥ :適当はダメよ。ちゃんと考えて公平に決めるの。ウィはおやつ食べない人だし、どっちに多く分けても自分は関係ないから、えこひいきしないでしょ。オレの分け前を半分やるから、オレに味方しろ、なんてチェが言っても聞かないもん。

 ウィ :なるほどね。ワシはおやつに関しては利害関係持ってないから、中立公正に裁けると、そうルゥは言いたいわけやな。ふむ。

 チェ :そうです。この前決めたエネルギー配分のルールに従って決めてください。ルゥ、それでいいよな。

 ルゥ :いいわよ。

 ウィ :エネルギー配分ルールか。必要なエネルギーを必要な分に応じて割り当てる…。おやつだからな。腹の大きさは大して変わらないだろうから、半分コせえや。

 チェ :え〜。オレ、あんなに怖い思いしたのにぃ。それに働いてきたからおなかペコペコ。

 ルゥ :質量変換器を直すのにどれだけ時間かかったと思うのぉ。

 ウィ :結局文句を言うんやから。ワシの知らぬところで取ってきたおやつだから、取るのにどっちがどれだけ苦労したかは、ワシは知らん。せやから「取ってきたもんを公平に分ける」しかできない、

 チェ :それにしても、事情を聞いてくれたっていいじゃないスか。

 ウィ :利害関係がないから公平に裁けると言ったのはキミらだぞ。決定機関を紛争のある当事者の思惑から切り離して独立させたうえで、勘案すべき事項のほかの情報は切り捨てるというのは、中立・公正さを担保する基本のひとつだってのは確かなんやから。だからこそ、キミらは事情を知らないワシに決めてくれと言ったんとちゃうか。
…そうそう、これも障害者自立支援法案の柱の一つやな。おやつを配る人と配り方を決める人をを分けるんや。

 チェ :「おやつの配り方に関する事案」なんてありましたっけ。

 ウィ :おやつからいったん頭を引き離せ。

 ルゥ :えーと。おやつを受け取る人が障害を持つ当事者よね。で、おやつを集めておいて配るのが行政。あれ? じゃ、おやつ配るのを決めるのは? 今の支援費では、えーと。

 ウィ :行政やね。医師の意見書なんかを参考にして、本人の申請を受けて、ワーカーが調査して決める。ワーカーは、現実はともかくとして、受給者に聞き取りをしたり、訪問したりして、ある程度継続的にかかわることになっている。その上で、一定の基準の範囲で支給決定を出すんや。

 チェ :配る人と、配るの決める人が同じなわけですね。

 ウィ :そう。つまり、このクッキーをワシが持っていて、チェとルゥに話を聞き、チェはこれだけ腹空かせているからこれくらい、ルゥはさっきまでメシ抜きで仕事に没頭してたからこれくらい食っとけ、と分けるわけや。

 ルゥ :あら、ウィったら、やあねえ。知ってたの。

 ウィ :ホンマにもぉ、機械触り出すと全部吹っ飛ぶあんさんの性格、なんとかしいや。それでやね。ワシ、たまたまルゥがメシ2度抜いたの知ってるから、おやつの分け前増やしてもええやろ、と思っとるわけや。

 ルゥ :ウィ、大好き。

 ウィ :気色悪い声出しないな。もし、ここでワシが、確かにルゥはメシ抜いたけど、それは、「メシやでぇ」と呼んだのに来なかったルゥの勝手や、と判断したらどうなる。

 チェ :そぉですよ。いつも何回呼んでも来ないんだから、知ったこっちゃないっす。

 ウィ :な、ワシの胸先三寸で決まる、ちゅうのは、そおゆう不満が出るんや。一応公平かどうかは考えるよ。だけどワシが何を見たかによって全然違う分け方になってまう。

 チェ :ルール決めましょうよ。こういう場合のおやつの分け方。そうしたら揉めなくていい。こういう場合はこう、こういう場合はこう、と。

 ウィ :条件分岐でプログラム書いてコンピューターに分けさせるか。それに近いことをやってるのが、今の介護保険やね。

 ルゥ :ケアマネージャと医者が家にやってきて、身体の能力、精神の能力を点数化して、コンピュータに打ち込んで、チーン、はい出ましたぁ。

 チェ :でも、予め条件は決まってるわけですから、見る人によって違ってくることはないですよね。

 ウィ :まあな、支援法案では、その部分をさらに徹底させてだな、支給内容を決定する「審査会」ちゅうものを設定することにした。判定医やワーカーが作ったカルテ、多分ケアプランとか、そんなもんだろうな、それだけをデータとして、独立した機関で支給決定をするわけや。本人と知り合いなわけでもないし、個別の事情は上がってこないし、完全に中立な立場で判断できるから、えこひいきなんか出来んやろ。で、審査会で決まった決定は、行政にも覆せない。

 チェ :実際に接触してる立場の人は、どうしても私情が入りますもんね。大変そうだからいっぱい上げよ、とか、コイツには迷惑かけられっ放して、嫌いだからやらねえ、とか。コイツはやらないとウルサイからやっとこう、とか。そんな奴に決定を覆す権限与えちゃ審査会独立させた意味がないでしょう。

 ウィ :そのとおり。その通りではあるんやが、そう言いきってまうには、かなり問題があるんや。

 チェ :何を煮え切らないこと言ってるんです。公平なルールが決められれば、それでいいじゃないですか。

 ウィ :ううむ。さしあたり、ルールの内容は置いておこうか。ルールの内容は正しいとしよう。それでだね。このクッキー、ワシが本部に送って、分け方決めてくれ、と頼んだらどないや。エージェントの給料規定に従って公平に。

 チェ :冗談じゃないっす。あんなトコにそんなこと頼んだら、いつ降りてくるかわかりゃしません。だいたい、奴ら異星調査の現場知らないんですから。

 ウィ :ワシがちゃんと詳しい報告書を書いたる。地球はこおゆう状況で、ただいま日々のメシを確保するのもしんどいです、とな。

 チェ :人事委員会でしょ。あそこ、異星で暮らした経験のあるエージェント出身者一人もいないじゃないですか。いつも書面審査ばかりで経費決めやがって…。あれ?

 ウィ :やっと気づいたか。

 チェ :現場をろくに知らない奴が、調査票だけで決める、ってことですな。しかも、公平さを担保するために、主観的な情報を意識的に遮断した上で。

 ルゥ :身体障害者手帳の級数なんかとは別に、給付のための等級が認定されるのよね。要介護度3、とか付くのかしらん。

 ウィ :審査会とゆうのが、「障害者等の保健または福祉に関する学識経験を有する者のうちから選定する。」となっとるのよ。市町村ごとに、3人以上で標準5人定数。市町村で出すのが難しければ、都道府県の更生相談所から出張ってくる。何せ、「学識経験者」やからね。医者とか、施設長とか、行政の福祉畑を定年になったのとか…そんなもんやろ。そんなのが月に1度程度、集まって事務処理するわけや。

 ルゥ :医者とか元官僚とか、そこそこ高給取りで、健常者で、「普通に」やってきた人が、具体的な情報を聞かされないで判定するんだもんね。せめて「障害を持つ当事者を審査会メンバーに入れろ」という主張がされてなかったっけ。

 ウィ :されとる。何せ、医者なんてのは、「はい、これで傷は治りました。もうここにいてもらってもすることはないんで、明日退院してください」てなことを、何の疑問もなく言える人種やしね。「障害者が生活する」っちゅうのがどおゆうことか、わかってるんか、かなり怪しい、って、障害者連中は疑っとる。それに、判定基準っていうのが、かなりすごいもんなんや。

 チェ :ルールの中身も怪しいと。

 ルゥ :これこれ。家主が持ってた「認定調査票」。120項目もあるのよ。
さて、家主さんに120の質問です。家主さんになったつもりで答えてください。寝返りは打てますか。

 チェ :つかまらないでできる、な

 ルゥ :起きあがりは。

 チェ :つかまらないでできる。

 ルゥ :歯磨き。

 チェ :下手だけどやってるな。介助は付けてない。

 ルゥ :洗顔。整髪。

 チェ :介助は付けてないな。

 ルゥ :着替え。

 チェ :一応、一人でやってる。もそもそと。

 ルゥ :アンタ覗いてたわね。

 チェ :異星人の裸を見ても楽しくないわい。

 ルゥ :ふーん。金銭管理。

 チェ :ドケチ。絶対出来る。

 ルゥ :でも、自分で銀行へ行けなかったりするよ。ま、いっか。電話。

 チェ :それは、うぅむ、微妙かもな。かけてはいるけど…。かけたがらない、というか、かけるのに相当な覚悟がいるみたいだし。受話器を耳に当ててんの結構苦痛みたいだし…。ちょっと長電話すると、翌日筋肉痛でうめいているもんな。最近、トシらしくて、2日くらい経ってから筋肉痛出て来て、アタシってば、昨日なにかやったっけか?って首かしげてるけど。ってか、何? そんな基本的な所作の可否で判定されるの?

 ルゥ :こんなのもあるわよ。家主ならなんて答えると思う。意思の伝達について、調査対象者が意思を他者に伝達できる。

 チェ :アンタに聞く気があれば伝わる。

 ルゥ : 介護者の指示への反応について。介護者の指示が通じる。

 チェ :介護者の指示ィ? どーしてアタシが介護者の指示聞かなきゃいけないの。反対でしょうが。

 ルゥ :助言や介護に抵抗することがある。

 チェ :やな奴だったら徹底抗戦したるでぇ…。って、なんだい、この調査票は。言わんとすることはわかる気がするけど、表現が絶対どっかおかしいぞ。何で「介護者の指示が聞ける」なんだ。何で「介護者とのコミュニケーションがとれる」じゃないんだ。

 ルゥ :チェも家主のアタマの構造が、だいぶわかってきたみたいね。

 チェ :それって普通の反応じゃないか。確かにあの人に答えさせると「けんか腰」の物言いになるけど。それにしても、身体的能力と精神的能力をよくもまあここまで細分化して。

 ルゥ :後半のは、介護保険の項目と全く同じらしいわよ。

 ウィ :身体と知的と精神。3障害共通の基準で審査するからな。これまで、身体と知的の障害者には支援が比較的なされていたけれども、精神障害については全くと言っていいほど支援がされて来なかった。身体障害ってのは、比較的体裁が悪くないし、誰がどう見ても困るだろう、というのがわかるせいもあって、でかい声で、「わては障害者やぁ、なんとかせぇやぁ。」と権利主張出来てきたんやけど、知的障害や精神障害の人はなかなかそれが出来なかったしな。しかも、現実には、障害というのは、1コ抱えちまうと、いろいろ重複して抱え込んでしまうことが多いのや。

 ルゥ :この支援法案の理念の柱の一つは、障害の種別にかかわらず、「障害」を持つことによって起きる困難を支援していこう、ということだったわよね。

 ウィ :その理念は結構なんよ。普通に生活するに当たって困難が出てくるとすれば、それが「障害」なんやし、障害なんていわばハズレくじに当たっちゃったようなもんなんだから、そのリスクがどんなもんであれ、みんなでシェアしようっちゅうのが「支援」やろ。問題は、この柱、究極的には「ノーマリゼーション」に行き着くんやと思うけど、一つ一つ支援の内容を見ていくと、ノーマリゼーションとかみ合わないことがいっぱい出てくるわけよ。

 ルゥ :審査会制度もその一つ、ってわけね。「障害」の基準を変えて、範囲を広げる。そして、支援内容の決定を、資源を持ってて配る方と、資源を受け取る方、という両当事者から切り離して第三機関にゆだねることで、「困難」の部分だけを客観的に拾い上げることができる、というはずなのね。ハズレくじのリスクを「みんな」が負うからには、「みんな」が、「それじゃ仕方ないよね」と納得する仕組みにしなければならない。その仕組みの一つが「透明性」ですものね。だけど…。

 ウィ :一つには「困難」の切り取り方の問題がある、と言えるわな。どの点を考慮の中に入れ、どの点を考慮の枠から切り捨てるか、という、つまりルールの内容の問題やね。ルゥがさっき読み上げたのは、「基本調査」やったな。もうひとつ現在の生活を調べる「概況調査票」もあって、そっちには、収入、とか「日中活動」とか、書いてあるんやけど、その人の具体的な生活を表すにはほど遠いもんや。一つ一つの能力があっても、それで何かをする、というと、これまた別の話になってくるし。「調査票」を見る限りでは、そういう部分を拾おうという景色は見えないし、むしろ切り捨てるんじゃないか、という疑いさえ出てくる。現場のワーカー、支援を受ける当事者を排除した「審査会」の構成なんてのはそうやろ。規格外の人間がどのような形で生きていくか、なんて、規格どおりに切り取れるわけがない。その人の現実と切り離せるわけがないんや。切り取る型紙からはみ出してしまうからこそ、困難ちゅうもんが出てくるわけで。

 ルゥ :制度化する、というのは、具体的な事柄を切り捨てることで一般的な枠組みを作る、という意味だから、ある意味では仕方がないことなんだけれども、その「仕方のなさ」をちゃんと意識していないととんでもないことになるわよね。枠組みを使って決定する人が、「楽な方に流れよう」と思うとどこまででも行っちゃう。

 チェ :「介護者の指示を聞けるか」なんて聞き方する手合いだしね。オレの言うこと聞けんのか、って言ってきそうだ。

 ウィ :そういうつもりはなくてもやね。「規格外」の人がどういう状況にあるか、なんて、その人との関わりがなけりゃ、そもそもわからないんだと思う。たとえば、ここの家主に、キミらのクッキーの分け前の取り方を決めてくれ、と言ったところで、ラトシュツールがどういう生物なんだか知らんのやから、とんちんかんな分け方するに決まってるやろ。それどころか、人んちのクッキー勝手に持って行きよって、と文句言うかもしれん。

 チェ :あ、クッキー。そう言えばおやつを分ける話をしてたんでした。早いとこ分けてくださいよ。もう。腹減りました。

 ウィ :しょうのないやっちゃな。わかった。今度は文句言うなよ。当事者参加させたる。チェ、お前が公平だと思うように分けろ。よく考えて公平にな。

 チェ :はあい。よいしょ。これくらいかな。

 ルゥ :ずるーい。そっち大きすぎ。

 ウィ :ワシに決めろと言うたのはキミやろ。文句を言うんじゃない。チェ、ほんまにそれでいいんやな。よく考えて分けたな。文句はないな。

 チェ :はい。オレの労働量から考えてこんなもんです。じゃこっちを。

 ウィ :ちょい待ち。ルゥ、今度はキミが好きな方を選ぶ番や。チェはこの分け方で文句はない、と言ったんやから、どっちを取ろうが文句はないはずや。…えぇ、もう抗議は聞かん。いい加減仕事にかかってくれ。


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車椅子で彷徨えば扉
Yoonosuke Hazuki[Mail_ocean@mbc.nifty.com]