神戸旅行記

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使ってみました
横浜駅
トイレ
構内でも、複数箇所にあるのは知っているが、まだ使用したことがない。
ホームの移動
横須賀線はエスカレータ。それ以外はエスカル。地下鉄はエレベータ
新横浜駅
トイレ
地上から入って右の端にある。ドアの開閉は良好。ロックも大きく使いやすい。ただし、少し狭め(縦長)なので、大きな車椅子だと、取り回しにくいかもしれない。
横浜線の下りホームには、車椅子用のトイレがあった。
ホームの移動
エスカレータ。新幹線はエレベータ。鍵はかかっていないタイプ。
新神戸駅
ホームの移動
新幹線から地上まで業務用エレベータ(下りホーム)。
芦屋駅
ホームの移動
地上から駅まで、階下のショッピングセンターからつながる一般用エレベーター有り。ただし少し狭い。
改札からホームも一般用のエレベータ有り。
新大阪駅
ホームの移動
JRからコンコースまでは、エスカレータ。
コンコースから新幹線上りホームまでは業務用エレベータ。

 11月の第1週の土、日と、よーのすけは、某学会に報告者として出席するために、神戸に行きました。そんなトコで報告するのも初めてならh、そもそも、一人で新幹線に乗るのも初めてということで、冷静に考えると、それは無茶だとしか言えない話でしたね。
 だからといって、親に送ってもらうのも、なんだかなぁ、という気分だったので、思い切って一人で行くことにしました。親は心配してましたが、よーのすけ自身は、実は、あんまり心配してなかったんです。というより、報告の準備で頭が一杯で、思い悩む余地がなかったというか。
 ここは、その3泊4日にわたる神戸旅行の道中を中心にした記録です。学会出席という多少珍しいシチュエーションなので、あまり、普通の旅行の参考にはならないかもしれませんが、何とかなるもんだということは、納得してもらえるでしょう。


宿探し

 まずは、当然宿探しですよね。開催日一月前から探し始めました。
 まずは、インターネットで、車椅子で泊まれる宿を紹介しているページをいくつか回りましたが、市街地にはそれらしいところが見つからず、断念。大学生協であたってもらいました。
 ところが。なにしろ紅葉・観光・学会シーズンだということで、大苦戦。まず、「ハンディキャップルーム」と指定したところ、これが、1泊2万円也の「デラックスルーム」。冗談じゃないよ、ということで、一緒に学会に出席する同性の知り合いに一緒に泊まってもらうように頼み、普通の部屋を取ることにしました。「トイレ洋式・部屋まで段差なし・トイレ/バスルームは敷居があっても段差なきこと(これが後に問題になる)」という条件で、ビジネスホテルの予約ができたのでした。
 日曜日は、終了が遅く(しかも、パネリストだから抜けるわけにいかないし)、普通の人ならともかく、車椅子で乗り継ぎに失敗したりすると、家まで帰り着けなくなるかも、ということで、神戸近くに住む友人宅に泊めてもらうことにしたのでした。

新幹線のチケット

 どーせ椅子と一緒に行くんだし、自由席でもいいやな、とのんきに考えていたよーのすけでしたが、父が、指定席をとれ、と強く勧めた上、彼が、とっとと指定席を取りに出かけてしまいました。
 1車両だけ、2列ほど、車椅子を座席の横に固定できるスペースがあり、手洗いもある、といわれたのですが、最寄り駅では、ウチはJR東海ではないのでその車両がどれだかわからない、とのこと。新横浜まで電話で問い合わせて、もう一度最寄り駅で予約して、そしたらその席は予約済みになっていて、おまけに、その車両は、喫煙席で…という面白くない展開になりました。今現在(1999.11)新幹線の指定席は、11号車が、車椅子に対応した車両です。グリーン車なら個室もあるのですが、よーのすけは、一般の席の方が座りやすいし、手伝ってもらえる人もたくさんいるので、いいと思っています。
結局、11号車のトイレに一番近い席をとることになりました。

行きは、横須賀線最寄り駅−横浜−新横浜−新神戸

いざ、出陣。

 よーのすけの最寄りJR駅は、田舎っぽい作りになってまして、一番線だけ、階段がない。基本的に上り列車がここに止まります。ところが、まれに、別のホームへ来るのがありまして。昼の時間帯は、橋の向こうが多くて、結局かなり早い時間に出ることになってしまいました。
 資料の詰まった書類鞄をたすきにかけて膝に置き、スーツと着替えの入ったショルダーバッグを車椅子の背に掛けて、というのが、その日のよーのすけのいでたちでございます。

横浜駅で横浜線に乗り換え

 横須賀線の横浜駅ホームは、成田エクスプレスと共用になっておりまして、登り方向から見て一番前のエスカレーターを切り替えて降ろしてもらいます。その他の線は、全てエスカルが装備されています。

新横浜駅で新幹線に乗り換え

 結局、1時間近く早く新横浜に着いてしまいました。ここはエスカレータ方式です。ところが、ちょっと変わったエスカレータでして。車椅子を乗せる場所の展開が始まったとき、思わず「おおっ?!」とびっくりしたところ、「ここの駅のは特殊なんですよ」と自慢げな駅員さん。車椅子を支えるため、ステップのヘリが巻き上がるようになるのダ。1機ン百万とかするらしい。ところがこのシステム、なかなかデリケートで、車椅子の置き方をちょっと間違えただけで故障し、復旧に5時間とかかかるのだそうな。
 「ホームに上がりますか」と聞かれましたが、寒いので、待合室があれば、と聞いたところ、「新幹線のホームはJR東海なのでわかりません」とおっしゃる。新幹線の改札で打ち合わせた結果、15分前に戻ってきて、声をかけてくださいということになりました。
 忘れ物を構内のドラッグストアで調達し、手洗いを使うと、ちょうど良い時間となりました。
 ホームへは、一般の人も使えるエレベータで上がります(あれ? しかし、改札の外にあったぞ)。

11号車が止まるのは、ホームの待合室の真ん前。暖かかったので、外で待たせてもらいました。なるほど、15分前にホームに上がらないと忙しいとか言うわけだから、待合室に入れなかったら、気候が悪い時期には待っていられないよね

新幹線だ〜!

 駅員さんが、デッキに押し込んでくれました。「車掌が迎えに来ますので、ここでお待ちください。」うーん、喫煙車は煙たそうだなぁ、と思いつつ、デッキのゴミ箱の前で待っていました。お手洗いも、すぐ近くにあるようです。
 ところが、待てど暮らせど車掌が来ない。おいおい、指定席とっているのだからさぁ、と、思い、仕方なく、自分で席に移動を開始。揺れないのでスリップせず、問題なく移動できます。なんだ、車椅子用の2列席も空いてるじゃないですか。席は、3列席の2番目通路側でした。
 真ん中が1席空いていたので、そこに書類鞄を放り込み、立ち上がって、後ろのショルダーをはずすべく奮闘していたところ、通路を挟んで反対側の男性が、手伝ってくれます。自分も席に移動し、車椅子を畳んで、開かないようにひもでくくって、完璧です。
 そこへ、車掌さんが検札にきて、なんだか困った顔をしました。「あのー。こういうことは初めてなんですけど、個室、空いていたらとりましょうか。」とおっしゃる。グリーン券は嫌だったし、何よりも、困ったときに人手があることは、何物にも代え難い、というのが、よーのすけの持論ですので、お断りしたところ、では、2列席、空いていたら取り替えます、とのこと。空いてなかったからここにいるんだけどな、とは思いましたが、お願いします、と言っておきました。結局、空いてないけど、来たら替わってくれるように頼みますから、という報告を頂き、その席が埋まったのが、新大阪だったのでした。いっそのこと、知らん顔して座ってりゃよかったな
 その席で困ったことといえば、よーのすけではなくて、車内販売に来るワゴンが通れない、ということ。そのたびごとに、「すいませんねぇ」とおっしゃって、車椅子をどけ、通り過ぎては元に戻す、のを繰り返していました。
 あと、とにかくけむかったわ。今度とるときは、ハンディキャップトイレと接した禁煙車である12号車の先頭にしよう、と、心に誓ったよーのすけでした。

新神戸駅に到着〜ぅ

 車椅子を広げてしまうと、人が通れなくなるので、つい出遅れました。到着5分前に車椅子を広げ、鞄を装着しようとしているところへ、車掌さんと乗務員さんの2人が登場。鞄を持って、車椅子の向きを変えて乗せてくれました。
 ところが。新神戸駅で待ち構えているはずの駅員がいない。これには乗務員の方が慌ててしまいました。とにかく、防護策の中によーのすけと鞄を押し込んで、来るはずなので、待っていてください、と念を押されました。
 放り出された鞄を背負おうとじたばたしていると、よーのすけの名を呼ぶ人がいる。「?!」と振り向くと、知り合いの学会理事の先生でした。挨拶を交わしているところへ、駅員さんがやってきましたが、待合室に連れていかれ、待っててください、と言われました。理事会にはまだ間があるから、とおっしゃる先生とともに待つこと10分、ようやくホームから降ろしてもらえました。ここは、業務用のエレベータで、改札の外に降ろされます。大学までタクシーで行く、とおっしゃる理事先生に、ホテルまで送ってもらってしまったので、とうとう神戸では、1人でタクシーに乗る機会はありませんでした。

ホテルは...

 新神戸駅から徒歩5分のところにある、Gというビジネスホテル。事前に確認したときには、ロビーには、ハンディキャップトイレがあるということで、心持ち安心していました。 部屋に通され、まず確認するのは当然バスルーム。敷居はあっても段差はないはず...だが、しかし、わーん、10cmも段差があるよ〜
 まあ、ビジネスホテルのいいところは、バスルームが恐ろしく狭いのでかえってどこにでもつかまれてしまう、ということでしょう。
 結局トイレは使えたし、お風呂は、バスタオルをよけいにもらって、濡れたまま座りそうなところに敷いておき、こういうときのために、一緒に泊まってもらった友達に、部屋にいてもらって入りました。彼女に救難信号を出すこともなく、ちゃんと入れましたよ。

 だけど、やっぱり、身体の不自由なわれわれにとって、一番やっかいなのは、トイレと風呂ですよね。よーのすけは、普通の洋式トイレが使えますけれど、そこに段差があると、厳しいです。敷居なら、体を上げたり降ろしたりしない分、ましなんですけどねぇ。ほんのちょっとしたことで、利用できる人の範囲が広がったり、狭まったりするのではないでしょうか。
 もっとも、これは宿泊施設だけでなく、普通のアパートや、住宅にも言えることですけれどね。

帰途は芦屋−新大阪−新横浜−東神奈川−横浜−横須賀線最寄り駅

 いきなり帰途です。すいません。会場とホテルを往復するばかりで、神戸を彷徨する間がなかったものですから。一緒にいた人々も皆大荷物で、タクシー使うしかなかったし。 印象的には、神戸のまちは、車椅子向きの「地形」とは言えませんな。今回の学会の会場は、ちょっと驚くほどのバリアフリーでしたけど(ハンディキャップトイレは、男女別だし、教室のドアが全てスライド式だったのには、本当に驚いた)。しかし、建物を一歩出ると、急坂と階段の連続です。これは、車がないとどうにもならない、と思いました。

芦屋駅は、素晴らしい

 芦屋市の友人宅に一晩やっかいになり、月曜の午後、JR芦屋駅を発ちました。友人にホームまで送ってもらいましたが、この芦屋駅にもちょっと驚きました。ぎりぎりで飛び込んだんで(^^;、ちゃんとは見ていないのですが、この駅、(横浜なぞと比べれば)大きくはないのに、駅ビル内部とは別に(?)改札に上がるエレベーターがあって、ごく普通に使えるようになっていました。 改札で、よーのすけ一人で乗車する旨伝えると、勝手に乗って、何号車に乗ったかだけ、改札に教えてくれ、と言われました。ホームへのエレベーターも解放されていて、足腰の弱った人など自由に乗れるようになっています。それで、来た電車に押し込んでもらい、友人に別れを告げたのでした。

今度は新大阪駅から、新幹線だ。

 言われるままに、全く知らない電車に乗る、というのは、さすがに心細いですな。もちろんちゃんと新大阪に着き、乗客さんに降ろしてもらっているところに駅員さんが駆けつけました。列車一両って結構長いですからね。よく見失われるんです。
 エスカレータでコンコースに上がり、新幹線のスタッフに引き継がれました。30分くらいの間があったので、名店街のあるロビーで待つことになりました。
 ここでは、10分前に駅員が迎えに来ました。そして、ロビーの真ん前にある業務用エレベータ(またかいな)でホームへ。
 復路は、例の、「車椅子置き場がある2列席」でした。入ってすぐのところにあるせいか、今度は駅員さんが席まで案内してくれました。ここは、広々しているので、慌てずに、荷物を下ろして車椅子を畳むことができます、ひもをかける必要もないです。
 後は、もう横浜まで、何かあろうはずがない。
 行きに乗ったのが、週末で行楽客ばかりだったのに対し、月曜午後のこの新幹線では、乗客はほとんど熟睡してましたので、けむくなくて、とても良かったです。

帰ってきました、新横浜駅。

 2列席は通路に余裕があるので、早めに車椅子を開くことができる...はずでした。ところが床に傾斜があるらしく、車椅子がうまく開かない。2つほど後ろの席の男性が、自分も降りるから、とおっしゃって、手伝ってくれ、デッキに出してくれました。席から消えたため、迎えに来た乗務員さんが少し驚いていました。今回は、無事に新横浜の駅員さんに引き継がれ、さらに東日本の駅員さんに引き継がれたのでした。
 行きと同様、新幹線ホームはエレベータ、他の路線へはエスカレータです。

東神奈川駅で乗り換えないとね。

 新横浜駅って、本当に不便なんです。時間によっては、横浜まで直通便がない。で、東神奈川に連絡を入れてもらって、乗り換え。ホームは変えないですんだけど。

横浜駅。ここまで来ればもう少し。

 行きと同じように、階段昇降機で根岸線から降りて、エスカレーターで横須賀線へ。そして、自宅に電話を入れ、無事帰還したのでした。

 結局、何の冒険もない3泊4日の旅行でした。まあ、何かあるとはちょっと考えられなかったということも確かです。周りが騒ぐほどの大事業ではなかったと言えるでしょう。周囲の「健常者」の心配って、よーのすけ自身の心配事とは、かなり隔たりがありました。

いやもう、付いて行ってやれの、付いて行くの、嫌だだの、大変だったんだ、これが。
その意味では、どう考えても、移動に関する心配を思いつけなかった、というのは、世の中、良くなっているのでしょうね。
 確かに、雨が降ったりすると、困ることもあるでしょうが、幸い、暖かく晴れ上がっていましたし。
 おおむね、道行く人々は親切でしたしね。快適な旅だったと言えましょう。


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車椅子で彷徨えば扉
Yoonosuke Hazuki[MailTo_ocean@mbc.nifty.com]