ガイドヘルパー養成研修原稿

重度脳性マヒ者等全身性障害者を介助する上での基礎知識及び重度肢体不自由者の障害を理解する

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1.全身性障害とはなんぞや。

 この時間は、ガイドヘルパー研修のうち、全身性障害者の第一回目ということですので、全身性障害とはどういうものか、について、おおまかなイメージをつかんでもらうことにしたいと思います。その上で、そのような人たちを支援するとはどういうことなのか、について、一般的なお話をさせていただくことにします。

 全身性障害、というのは、典型的には脳性マヒです。頸髄損傷などの方も全身性障害に含まれますね。ガイドヘルパーさんを使うわけですから、歩けないのはもちろんですが、上半身にも多くの問題を抱えています。体幹、つまり胴体の安定も悪く、いわば腰が据わりませんので、椅子に上手に座れない方もたくさんいらっしゃいます。頚椎の高い位置を損傷している方は、血圧を維持するといった生命維持の機能も損傷しておられるので、突然貧血を起こして失神するなどといったことがあります。起立性貧血というものです。そして、これが、ここにおいでのみなさんにとっては一番とまどわれるところだと思いますが、首や口のまわりなど、表情を司る筋肉がうまくコントロールできず、言葉を上手に話すことができないとか、顔全体をゆがめてしまったりということがあります、慣れないと、言葉はわからないわ、表情は読めないわで、一度や二度は途方に暮れる経験をなさると思います。ちなみに、頸髄損傷の方の場合でも、腹筋や肺活量が落ちていますので、声が出にくくなっていることがあります。

 ご覧の通り、この私がまさにその脳性マヒです。講習の第一回目の初っ端から、こんな聞き取りにくい講師が出て来たみなさんには気の毒ですが、がんばって聞いて下さい。

 私を例にして言えば、まず、今みなさんが聞くのに苦労しておられる言語障害がありますね。そして歩くことができない。でも、立つことはできますし、条件が揃えば歩くこともできます。手動車椅子を使ってはいますが、左手はあまり効かないです。そして、ものを食べるとき、噛んだり呑み込んだりしようとして、時々失敗することがあります。また、軽い排尿障害があるとか、数え上げると我ながら感心するほど出てくるので、もうやめておきましょう。私などは、黙って座っていると、普通の人に見えてしまうので、車椅子なしでシルバーシートに座っていると怒られたりしたものですが、それでも、これだけいろいろな不自由さを持っています。みなさんが支援するのは、このような、一筋縄ではいかない、様々な障害が複雑に絡み合った身体の持ち主だということを、頭に入れておいて下さい。しかも、この障害は、人によって全く違ってまして、例えば同じ「脳性マヒ」同志でも、全く想像がつかない場合もあります。

 とはいえ、複雑だ、と言っていても仕方がないので、ここでは、非常におおざっぱな分け方ですが、二つに分けて説明することにします。一つは、マヒ。もう一つは不随意運動です。マヒは、意に反して動かない状態で、不随意運動は意に反して動いてしまう状態です。

1.1. マヒ

 まず、四肢にマヒがあって車椅子に座っている状態、そしてそれを誰かに押してもらっている状態というのがどんな感じなのか、やってみてもらいましょう。

1.2. 不随意運動

 不随意運動を経験することは、いろいろ考えてはみたのですが、ちょっと無理なので、説明するだけにします。たとえば、このペンを、はい、とお渡しします。受け取って下さい…。と言いつつ、ぱっと引っ込めちゃいます。今回は意識して引っ込めてますのでちゃんとコントロールできたわけですが、これ、引っ込めるつもりで渡してしまったり、投げたりすることもあります。一歩前に踏み出すつもりで、あげた足がどうしてもおろせない、なんていう事態をみなさん想像できますか。

 私のような脳性マヒは、このような意識に反した動きは、感情や精神状態と連動することが多いです。固まってしまうパターンと動いてしまうパターンがありまして、固まってしまうパターンは「痙直」、動いてしまうパターンは「アテトーゼ運動」と言います。仲間内では、「びっくり反応」等と言ってますが、何かの拍子に、急に手足を突っ張ったりします。それで、よそさまを蹴っとぱしたり、ぶん殴ったり、ちゃぶ台ひっくり返したりするわけです。アテトーゼの場合は、動きが止まらない状態になりますが、痙直の場合は、そのまま固まったり、ということがあります。ロングヘアの女性の髪が触れたとたんに握りしめてしまい、焦れば焦るほど手が開かなくなって大変な騒ぎになった、などという話もありまして、この不随意運動については、ヘルパーのみなさんはもちろん、本人もびっくり仰天の事件が時々起きます。

 また、頸椎や脊椎を損傷された方の場合でも、神経が切れているのだから、全く動かないと思われがちですが、痙性と呼ばれる強い不随意運動があります。

2. 介助の実際

 非常におおざっぱな説明ではありますが、「全身性障害」のイメージを少し持っていただけたでしょうか。次に、そういうクライアントに接したときに、どういうことが起きるか、ということを、少し具体的に説明しておきましょう。

2.1. 身体的な介助

2.1.1. 予想がつかない反応をすることがある。

 みなさんは、多くの方が高齢者の介助をなさっていると伺っています。お年寄りの場合、特に大きな障害がなければ、動きが鈍くなっているだけで、みなさんにとっては予想がつきやすいことと思われます。みなさんが、座っているお年寄りを立たせる場合、脇の下に腕を回して抱え起こす、という形を取られますね。でも、私に対してそれをやると、たぶん身体をくねらせて大暴れをします。単なるくすぐったがりと誤解されることが多いですが、そうではありません。背中をとがったものでなでるとそっくり返る、という、赤ちゃんの反応が、成長後も残る、というのは、脳性マヒの症状のひとつでして、私の場合、胴体に触られると、ぱっと身体が縮み、それに連動して、全身のコントロールが出来なくなります。ちなみに、実際には触られなくても、触られそうな気がするだけで、アテトーゼ運動が出て転びます。

 頸椎損傷の方の場合、先ほど言いました痙性が、非常に激しい場合には、反り返って椅子から落ちたり、また抱きかかえたときに飛び跳ねたりすることもあるそうです。また、起立性貧血のため、いきなり抱え起こしたりすると、失神する場合もあり、その出方も、対処の仕方も本当に様々です。いずれにしろ、その人のやり方に応じた手の出し方をしないと事故につながることがあります。

2.1.2. 介助は、本人主導で

 こうした身体の特徴は、本当に様々で、人によって全く違う、ということが基本です。実際に介助にあたるときには、どこを支えるか、どこをどうつかんでいいか、どのような注意が必要か、本人にきちんと聞いて下さい。

 介助をするにあたって、忘れないでいて欲しいのは、みなさんは、介助される私たちがやろうと思っているけど出来ないことを代わりにやるのだ、ということです。私たちの代わりにお財布をポケットから出したり、自力では動かせない車椅子を代わりに動かすというのはもちろんのこと、身体介護についても同じことが言えます。つまり、私たちが動かそうと思うけど動かない部分を、あなた方が代わりに動かすのだということです。

 船をたとえにしましょうか。それも、相当調子の悪い船です。船で言えば、介助を受ける側は機関長で、介助する側は水夫です。機関長はそのオンボロ船に長年乗っていて、その船については隅々まで熟知しています。どのタイミングでどのバルブを閉め、いつどれだけの燃料を供給するかは、彼にしかわかりません。しかし、彼自身が自分でバルブを閉めたり、燃料を入れたりすることはありません。それは指示を受けた水夫の仕事です。水夫の仕事は、機関長の指示を正確に受け取って正しくこなす、ということですね。水夫が「前に乗り組んでいた船では、こんなやり方はしなかった」と言って、自分の判断で勝手に仕事をしたら、大事故になる可能性があるわけです。水夫にとって必要なことは、手回しよく何でも出来る才覚ではなくて、むしろ、機関長がやれ、と言った仕事を、きちんと出来る知識と技術を持つ、ということです。機器の操作が怪しい水夫には、安心して仕事を任せられませんから。と同時に、機関長の指示がよく理解できない場合には確認を取る、という形での慎重さと機転が要求されます。

2.1.3. 「介助のプロ」の意味

 さて、ここでどうしてこれほどに、私が「本人の指示に従え」ということを強調するのか、みなさんは、ちょっと不思議に思われているかもしれません。改めて説明しておきます。

 一つには、全員の顔が違うように、障害はみんな違うので、いくら知識を持っていても追いつかないということがあります。一般的な知識については、もちろんみなさんにはよく勉強していただきたいと思います。知識がなければ、そもそもこちらの指示を理解することとは出来ませんから。しかし、それが全てではない、ということはここで強調しておきます。

 もう一つ、これは、知識とは関係なく、ヘルパーさんの意識というか、態度に関わる問題です。非常に残念なことなのですが、問答無用に介助をしてしまう、という方が時々いらっしゃるんです。習ったとおりにしか介助をしない、あるいは、やりやすいようにしか介助したがらない。残念なことに、看護師さんやヘルパー資格者さん等、一通りの技術と経験をお持ちの方に多いのですが、なかなかこちらの言うやり方を理解していただけない、というか、そもそも聞いていただけない、という不満をきわめてよく耳にします。先ほどから申し上げていることからご想像いただけると思いますが、これは介助される側から言うと非常に恐怖です。私自身は、歩けない人を見るのも車椅子なんてさわるのも私が初めて、なんていう人と出掛けることがほとんどなんですが、意外なことに、怖い思いしたことはないんです。何故かと言いますと、一つには、私の方が警戒している、ということも確かにあります。でも、彼らは、しょっちゅう躓く代わりに、その都度「どうしたらいい?」と、聞いてくれます。何も出来ないので、一生懸命に聞いて、言ったとおりにしかやりません。安心して任せてはおけませんが、使いやすいんです。ところが、知識や経験があると、つい、本人よりご自分の判断が先に立って動いてしまう、ということがあるようです。もちろん、これくらい分かっているだろう、というこちらの油断もありますけどね。とはいえ、この「聞いてもらうのに苦労する」という不満は、言語障害がある人のみならず、頸髄損傷など、言語障害のない方でもお持ちです。これは、ヘルパーさんの本質に関わる問題です。

 私たち介助される側にも、要望をヘルパーのみなさんに伝える能力が必要だということは、いうまでもありません。もちろん、みなさんは介助者のプロです。しかし、障害者である私たちは、いささか不具合のあるこの身体を、何年も何十年も毎日使い続けてきました。ですから、その使い方、動かし方、動かされかたについては、十分な知識を持っています。介助にあたるみなさんには、身体障害者が自分自身の身体について持つ知識と経験に対して、きちんとした敬意を払っていただきたいと思います。その上で、介助者側から伝えられる情報を正しく理解し、実行するための知識と技術を、プロであるみなさんには身につけていただきたいのです。

 たとえば、私たちにとっては「アテトーゼ」という言葉はごく日常的な言い方ですので、「アテトーゼ出るから、蹴飛ばすかも」なんてよく言います。出来るものでしたら、これだけで、何がどうなる可能性があるか、予測して欲しいんです。そして、何に気を付けたらいいか、ということを、介助する側からのアプローチで、きちんと質問できるようになって下さい。それが「プロ」だということだと、私は思います。

2.2. 言語障害がもたらすもの

 とはいうものの、そういう難しい指示を言語障害がある方から受けるのは、非常な苦労ですよね。私も実は、同じ脳性マヒの仲間の言葉を聞き取るのに、非常に苦労しております。最後に、言語障害について少し触れておきましょう。この研修でも、別のコマで改めて言語障害が扱われるようですね。私も自分なりのノウハウは持っていますが、実戦的なことはそちらに譲ります。この研修が、わざわざ全身性障害について、というタイトルになっているのは、この言語障害が、生活のあらゆる場において、大きなネックになっているからです。

 思いというのは、表現して初めて相手に伝わり、相手に伝わって初めて意味を持ちますから、表現で躓く言語障害というのは、おそらくみなさんが考えている以上に、重い障害として私たちにのしかかってきています。みなさん、言語障害と歩行障害と、どっちか治してやる、って言われたら、どっち治したいと言うと思います? あなた方は、歩く方、って思いますでしょ。でも、多くの脳性マヒの人は、多分しゃべる方、って言います。それほどまでに、言語障害とは重いものです。

 多くの言語障害のある方が、言語障害の故に不当な取り扱いをされたことがあると感じています。先日も、私よりずっと年上の脳性マヒの方が、ぼやいていました。ある会合で、団体代表として挨拶したところ、司会者に「よくできました」と言われた、と言うのです。これは相当極端な例ですが、話がうまくできない、ということで、つい、子供と話しているような錯覚に陥るらしいのです。そして、非常にまずいのは、そういう、ちゃんとした大人に対して「よくできました」なんて言う、本来きわめて失礼な言動が、親切とか思いやりとかやさしさとか、そういうものと感じられがちだということなんです。

 確かに、言語障害がある人とお話しするのは、普通の人、というか、言語障害のない人とお話しするのとは、ちょっと感覚が違います。相手が、文字ボードやトーキングエイドを使っていたりしたらなおさらでしょう。その上で、「対等な相手としてきちんと話をする」感覚を身につけることが大切です。これは、後の方が、繰り返しおっしゃると思うので、私からはこれ以上は言いませんが、身体的な介助だけでなく、あらゆる場面でもっとも大切なことです。慣れるまで、非常に戸惑うとは思いますが、誠実に応対して下さい。からだの障害と同じく、言葉の障害とも、私たちは長い間付き合ってきていますから、どのようにしたら伝わるか、ということをそれなりに工夫しています。表情や態度から、そちらの力量を推測しつつ、お話ししているんです。こんなことを言うと後の人に怒られるかもしれませんが、聞き取れないことそれ自体は、言語障害がある方が悪いんであって、あなた方のせいではありません。それは、仕方がないことです。大切なのは、お互いに伝えよう、受け取ろうとする姿勢だと思います。

3. 全身性障害者の外出支援・介助とは

 そろそろまとめましょう。全身性障害者は、本当に多様な身体を持っています。その多様さは、一度や二度の経験でカバーできるものではありませんし、同じ人でも日によって違ったりします。みなさんの予想を超えることがたくさんある、ということは覚えておいてください。そしてなにより大事なことは、手際よくこなす、ということではなくて、当人のしたいようにやる、ということです。それは、ヘルパーの原則であると同時に、身体上の問題でもあります。その場は、ヘルパー自身のやり方で切り抜けたとしても、後で、身体の不調の原因になることもありますし、事故につながることもあるからです。

 あと最後に一つ付け加えておきます。それは、私たち障害者の生活体験の貧しさです。これは、身体状況を把握するというこの時間の趣旨からは外れていますが、全身性障害者の特徴として申し上げておきます。たとえば、普通なら誰でも、子どもの頃に、学校の行き帰りくらいは歩きますよね。子どもの時分から障害者だと、そういう経験が全くないので、たとえば方向感覚が全く育たない、等ということがあるんです。生活のあらゆる場面で、そういうことが起きてきます。大人になってから障害を持たれた方は、それほどでもないのですが、障害者として成長した方は、自分でいろいろなことをした経験が極端に少ないので、あなた方からすれば、ひどく常識外れの言動をすることもあります。かくいう私も、一人で電車に乗るようになったのが30歳前後になってからなんです。それ以前も、友達や兄弟と一緒に出掛けてはいるのですが、今になって、そのときのことを思い出すと、穴を掘って隠れたくなるような恥ずかしい言動を結構やってます。お任せで連れていってもらっているそのときには、指摘されても、何が変なのかわからないんです。

 実際に、みなさんが、ガイドヘルパーとして活動されるときに、思いのほかギャップを感じるのがこの点かもしれません。あなた方から見れば、どう考えても遠回り、とか、無駄、とか、危ないとかいうことを、指示されたときの話です。つまり、みなさんからしたら、回避したい、あるいは、回避させてあげるのが親切だと感じられる場合です。また、本来あってはならないことですが、ヘルパーさん自身の力不足から、無理だと思うことを要求されるかもしれません。これは、非常に悩ましい問題です。ヘルパーの原則からすれば、当事者が出来ないことを代わりにやる、ということですから、当人の指示に従うのが、当然です。けれども、やはり、それは勘弁して欲しい、ということもあるでしょう。あるいは、もっとシビアな場面に遭遇する可能性もあります。そういう場合に、どういう風に振る舞うかは、みなさんへの宿題にしておきましょう。障害者の経験の貧しさ、というのは、逆に言えば、失敗する機会を奪われてきた、ということでもあります。外出支援とは、そういった失敗も含めて、当人が「自分でやる」ということを支援するのだ、ということを忘れないでいて下さい。

 いろいろ偉そうなことを言いましたが、ヘルパーを利用する方々がみな、みなさんを上手に利用できるというわけではないのは言うまでもありません。都合のいいときだけ主導権をとって、都合が悪くなるとお任せ、という事態もないわけではないと思います。正直に言って、この私も、きちんとした介助を受けられるような指示をみなさんに出来るか、と言われたらあまり自信がないというところもあります。

 言うまでもなく、当事者とガイドヘルパーは、人と人との関係です。ガイドヘルプが成功するかどうかは、両者の力量にかかっています。当事者がはっきりとした意欲を持たなければ、ガイドヘルパーさんは能力を発揮できないことは確かですが、ガイドヘルパーさんの方に十分な力量がなければ、こちらも安心して依頼することができません。なにしろ、外出中の身体の一切をあなた方に預けるわけですから。その意味で信頼されるに足る知識と技術をみなさんには身につけていただきたいと思います。ヘルパーさんとの関係の中で、私たちはあなた方への説明能力を高めていきますし、みなさんも、私たちにかかわる中で、技術だけではない、介助のさまざまな能力を高めていけるのだと思います。がんばってください。



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車椅子で彷徨えば扉
Yoonosuke Hazuki[MailTo_ocean@mbc.nifty.com]