ぼやっきいなよーのすけ ver.3ログ  - 6

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■ 再変換

意外に知られていないパソコンの機能の一つに「再変換」という日本語変換機能があります。今やMicrosoft社のIM (Input Method)である「IME」が普通名詞になってしまいましたが。 何しろDOS時代からパソコン使ってるよーのすけ、日本語変換は一貫してJustsystemのATOKを使っております。ユーザーもメーカーも少なかった時代ですが、日本語FEPは、ATOKに松茸、VJEにWXと、MS?IME1色の今よりむしろ選択肢が多かったかもしれません。標準パッケージの「ワープロ一太郎+ATOK」がまともに動くパソコンを持っていなかったよーのすけ、もっと軽いエディタソフトにATOKを組み込んで動かざるをえず、1メガ弱のRAMディスク(これも死語ですね。電源を抜いて数日おくと中身が消えるハードディスクのようなもの。)に、どうFEPとアプリを納めるか、というので悩み、それがコンピューターのシステムをいじりだす最初の一歩となったのでした。

で、Windowsの進化(というよりスペックの進化だろうな)とともに、「再変換」という機能が出て来ました。ATOKなら「shift+変換」、「MS?IME」なら変換で、1回確定した文字を再変換することが出来ます。ながぁいフレーズを妙てけれんな漢字のまま、うっかり確定してしまったときに、カーソルを持っていって再変換をかけると再度タイプしなくて済みます。キー打ちに間違いなく時間がかかるよーのすけの場合、これがあるとないじゃかかる時間が全く違います。でも、これ意外に知られてないんですよねえ。というか、みんな意外に日本語変換の操作を知らないみたいです。例えば、文節をデタラメに切られた場合、変換する文節を移動して変換をする、などということが出来ない人、多いんですね。20年近くパソコン使っている私の親父でさえ1文全部消して書き直してますもの。私の親父は、仲間内では一番テレックス打つのが早かった、と自慢するだけあるので「ま、いっか」と思うのですが、不自由な手で、ぽつんぽつん打った長い文節を、カーソル1つ動かせば直るものを、全部消して打ち直しているのを見ると、「おいおい」って思ってしまいます。「打てればいいの」とおっしゃるので、そういうもんかな、とも思いますが…。この文節移動と再変換、効率に大きく響くにもかかわらず、キー操作が違うんです。変換操作で反射的にATOKになるので、よーのすけ、人んちでパソコン使うと途端に打ち込みスピードが遅くなります。

ところがこの便利な再変換機能、不思議なことに搭載していないアプリが多いんです。しかも書くことに特化しているはずの「エディタ」に組み込まれていない。Windows98以降のEditControl2(だっけ?)を使っていれば標準で出来るはずなのですが。日本語を書くことが多いので、軽くて書きやすいエディタは必需品でして、半ばコレクターと化している部分もあるのですが、再変換、それも文脈参照再変換までしてくれるエディットボックスを持つソフトとなると、ほとんどない、と言っていい。これも再変換が知られない理由の一つかな、と思ったり、日本語変換を使い切る人がいないから搭載されないのかな、とか思ったり。

ここで文句をたれてますのは、今、ツリー型テキスト管理ソフトを探してまして。アイデアプロセッサとか言われてるものです。

不定形のテキストをカードとして分類でき、他のカードへのリンクも出来て、複数のファイルを開けるもの(SDIでもいい)。そして、ある程度のひな形でテキスト出力出来るもの。そしてブロックコメント色づけできるか、バイナリ保存であればフォント色つけ出来るもの

これだけの条件で探しているのですが、これが、再変換搭載となると突然選択肢が減るんですな。

今、このぼやきを書いているのがTextCripperです。以前使っていてしばらく使わないでいたのが、いつの間にか再変換が出来るようになったのでまたいじり始めたのですが、これで色が付いたらいいのに、と、作者に聞いてみたところ、どうも、エディットコントロールのカラー仕様が難しいらしい。そう言えば、昔試用していたエディタも、ブロックコメントの色化けが激しくて使うのをやめたような…。

でも、再変換の有無ってReadmeにも特記していないし、書き物する上では重要な機能だと思うのだけど、ほんとに使う人いないのかしら。まさか、IMEには対応していて、ATOKには対応していないとか…。

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[ 2006年04月04日(火)のぼやき][カテゴリ:パソコンとIT ]


■ やってみました。セルフ給油 見物編

「うげげ、ガスが保たない。」

ガソリン高騰の続く中、首都圏の田舎の我が家の近辺では、フトコロに響くほどガソリンが高い。で、都会に広がる行動半径の中、片っ端からスタンドに入ってみて、いくつか安くて親切な店をキープしております。とはいえ、そんなにオイシイスタンドは点々としかありません。それではと近辺を見回すも、はやりのセルフ給油しか視界にはない。

これだけセルフが増えてきて、3軒中2軒くらいがセルフかい?という状況になると、まるで無視する、というわけには参りません。カーライフに影響いたします。というわけで、うまい具合にガラガラのスタンドがあり、しかも我が家近くのスタンドよりリッター10円も安かったので、やってみよー!と入ってみました。

給油カバーを空けて財布を上着のポッケに突っ込んで車いすを降ろします。給油ノズルには十分手が届く高さだし、操作パネルにも手が届く。さて、給油口は?と覗いてみれば、ねじ式ポットのフタみたい。ねじってみたけど回りません。力入れてねじればいいんだよな、とは思ったものの、何しろ見たこともないシロモノなのでいささか心細くなり、ビットに声をかけました。ついひと月前にオープンしたスタンドでしたが、やはりピットに入るには30センチほどの段差があり、外からでかい声で呼ぶしかありません。

出て来たのは、ふわふわスカートにウエスタンブーツの女の子。えらい違和感を感じたんですが、しばらく理由がわからなかった。そう、普通スタンドって制服の作業着着てるんだよね。作業がないからふわふわスカートOKなんだわ。

「初めてなので教えてください」と頼むと、「やっちゃってもいいですか」と言ってくれたので、お願いすることにしました。ま、こんな奴にセルフでやらせるの、普通の人なら怖いもんね。初めて給油口を開けるのを目にし、「あ、これならなんとかなりそうだわ」と思いました。

自分でも出来そうなのがわかったし、とりあえず車いすを降ろして人を呼びに行けばなんとかなることがわかったので、とりあえず満足。

あまりに安価だったので、つい家人に自慢したら、「そんな危ないトコには行かないでくれ。」と怒られましたけどね。ボンネットの開け方も知らない、恐がり一家。

[ 2006年04月24日(月)のぼやき][カテゴリ:自動車 ]


■ よーのすけ個人史と障害者運動史

ワケあって、かの「青い芝の会 神奈川連合会」の会報20数年分を読み通す、という作業をしております。下読みしてどう使うか考えなければならないのですが、使うとしたら、仮説と時系列とに従ったカード化作業…。思っただけで、くかー、と奇声を発して突っ伏したい気分。まさに自分の生きてきた時代そのものなのに、知らないことばかり。それゆえ取らなきゃいけないカードの量は考えたくもない…。

「わからないことがあったらいつでも聞きにおいで。」というというありがたいお言葉とともに、日本の障害者運動の歴史そのもののような前会長から直々に拝借してしまったもんで…。わーん。

「リーフレット状の黄ばんだペーパーの山」を予測していたので、きれいに製本されたものを3冊、はいよ、と手渡されたときは拍子抜けしましたけど。

ほっとしたのも束の間、リアルタイムで書かれた文章は、あちらへ飛びこちらに飛び、時にはひどく錯綜し、何度も性格を変え…と、一筋縄ではいかないシロモノだったのでした。こういう本当の意味での生々しい「一時資料」を扱うの、そう言えばよーのすけは初めてだったかもしれません。…扱いきれるんだろうか。

1965年から1989年までの会報です。会報が発刊して数年後に、「横浜障害児殺し」が起き、青い芝は闘争化しますが、その子どもは、どうやらよーのすけと同い歳。話だけは聞いていましたけれども、歳は数えたことなかったのよね。もっと遠い話のように感じていたので衝撃的でしたぜ、これは。そしてこの合冊本の最終刊は、奇しくもよーのすけが、上述前会長に出会ったほんの2、3月後に出されていました。そっから先はアンタ見てきたでしょ、と言われたみたいな…。すいませえん、「関係ねーや」と思ってちゃんと見てませんでしたあ。…まだどっかでそう思ってます。

障害者の主体性を勝ち取る運動のきっかけとなった子どもが同い年、そして、就学年齢に達したときには、昭和54年養護学校義務化計画がぶち挙げられ、海外赴任から帰国して、日本の学校へ行かなきゃ、となったのが、まさにその昭和54年。障害者激動の中で成長したはずなんですが…。

「普通学級入学を、本人と親が希望しても認めないのか。養護学校入学を義務づけるのか。」「強制するわけではないが、理解頂けるまで説得する。」

「障害児が普通学級に入学するのに必要な洋式トイレの設置も認めないのか。」「そういう設備が必要な子どもは、そういうものがなくてもいいようなリハビリを養護学校でやってから。」

「健常児としもに、刺激を受け合いながら成長するのが教育だ。」「特殊な子には専門的な教育を受けるのがその子の幸福に繋がるんです。」

なんていう、噛み合わなくも息詰まる交渉を、脳性マヒ者運動が必死でやっていたさなかに、

「うちの子を養護学校に。」「いや、多少無理をしてでも、普通学級で地域の子どもと一緒にやった方が、特殊教育受けるよりいいですよ。刺激が違います。」

と、特殊教育の専門家たちから、理解するまで説得されていた我が家のケース。結局、トイレ改装して、階段に手すり付けて…。

隣の学校には、同じ訓練教室に通っていたCPの子がいたけれど、この子は歩けていたし、階段も平気だったし、言語障害もなかったんです。実際、同い年で、高校在学中に受傷して車いすになり、それを理由に養護学校転校を強いられたという人も県内(教育行政区が同じ)にいます。手すりで階段がなんとかなるレベルだったとはいえ、よーのすけは、基本的には歩けない「重度」に属してます。養護学校を作り始めたばかりで圧倒的な養護学校不足だった就学時ならばともかく、全て義務化された時代に転校したはずなんですが。障害児教育関係者がこの上なく張り切っていたその時代に。何かが変。

ひょっとして、4年間にわたる「養護学校義務化反対闘争」の影響を受けて、「そうかも」って思った人に、よーのすけが当たっただけだったりして。


経験が違うこのあたりが、どうも「実感」の違いに繋がっているような気がするよーのすけが「トロくて差別間隔に鈍い」というだけじゃなく。健常者的に飼い慣らされてる、というのは言えるかもしれないけど。

20数年にわたる生々しい記録が、今手元にあり、それを読んでいます。そしてこの記録は、まさに自分が生きてきた時間と平行して行われてきた記録でもあります。発行年数を見て、あ、これは自分が何歳の時、こういうことをやって、考えいてた時だ、ととうことを思い出しつつ、自分自身の生活史・思考の歴史と重ね合わせようとしています。そして、その上でどう分析軸を持ってくるか。それが大問題、なんスよねえ…。

[ 2006年05月19日(金)のぼやき][カテゴリ:障害及び障害者について・与太話もあり ]


■ 掲示板スパム対策

当サイト、管理はマメにしていますし、家主のアクセシビリティとユーザビリティへのこだわりのせいで、ある意味「ユニークな」掲示板を使っているので、今までスパムの標的にはならなかったのですが。
Teacupなど、統一システムで大量の掲示板を運営しているレンタルBBSは、実に狙われやすいようです。

超有名で超人気の掲示板スクリプトをそのまま使っていたPR用掲示板が、まず最初に餌食になりました。2004年の暮れのことです。このときはスパマーの威力も大したことがなくて、狙われたページはそのまま囮として残し、新しいスクリプト名を変えて掲示板を移動したら、それだけで止まったのでした。

こちらのスクリプトは、実はまだサーバ内に残してあって、スパムサンプル獲得&実験用になってます。思いついたロジックを書き込んで、減るかどうか試すのに使うんです。

その半年後。

DesignLabのスキンBBSに対して強力な攻撃をかけるスパムが登場。多くのサイトのBBSがこれでつぶされてしまいました。DesignLabは閉鎖に追い込まれました。このスパムは、移動しようがファイル名を変えようが執拗に追っかけてきまして、とうとう当サイトもスクリプトごと変更せざるをえなくなってしまいました。

デザインが作りやすく管理もしやすいスクリプトでしたので、いくつかのBBSで使っていたのですが…。投稿用掲示板だけが、スルーされて残りましたが、これもつい先日とっつかまって閉鎖。まあ、このBBSはほとんど投稿がなくなってましたから、潮時ではありましたが…

PHPはPerlに比べればそれほど一般的でないことから狙われにくいと思い、PHPで書かれたスクリプトを使うようにしていましたが、先月あたりから、雲行きが怪しくなってきました。どうやら掲示板を探し出す新しいアルゴリズムが書き込みソフトに組み込まれたようで。複数のスパマーに捕まりました。一度に何通も書き込む外国スパマーと、偉く巧妙な日本のスパマーと。

けいじばんの更新通知を見て、確認に行くとスパムがびっしりというのはかなり頭に来る現象です。セキュリティを向上させた上位バージョンに差し替えれば、改善されるとは思っても、何しろアクセシビリティ向上のためカスタマイズしまくっているので、そうおいそれとは直せない。ほとんどカスタマイズしていないPR用掲示板ですら、変数2個ほど足してるし…。

とはいえ、PR用掲示板は、いじったと言ってもたかがしれているので、これは、BBSで紹介してもらった掲示板改造支援サイトのスクリプトに入れ替えました。なぜかスパムログが記録されないという怪しい部分はありますけれども、これで日に5?10書き込まれていたスパムが止まりました。このサイトには、Perlで書かれたスクリプトの書き換え方が書いてあり、ちょっとスクリプトが読める人なら役に立ちます。

車いす自慢掲示板も捕まってました。これは本当にマイナーなスクリプトのはずなんですが…。削除の管理が面倒なスクリプトで、これに毎日10とか書き込まれた日には、たまりませんがな。禁止ワード設定もなく、02年以降バージョンアップもしていないスクリプトでしたので、これは自力で対策を取るしかありませんでした。

生兵法なシロートですから、全面的な改造はできっこありません。書き込まれるスパムの特徴を見て対処療法を施すだけです。「書き込まさない」ということだけをメインに考えました。

PHP系スクリプトに入って来ていたのは外国スパムだけでしたので、これは「日本語が入っていなければ拒否する」ですむはずです。
メッセージ部分の空白をチェックする行が掲示板スクリプトには必ずありますので、そこを探して、

if (!preg_match("/[\x80-\xff]/", $massage)) {
// エラー: コメントに日本語が含まれない}

の1行を書き込むと、「ひらがな」がなければ拒否するようになります。これでウソのように止まりました(今は)。

本気で困ったのがメインけいじばんです。鉄壁の守りを誇るメインけいじばんなんですよ。それがやっつけられたのには参りましたねえ。移動して逃げても1週間で見つかったし。直リンクを禁止してもスルーされたし。改造スクリプトに入れ替えようにも、スクリプトそのものを大幅改造してあるため、書き換えはかなり危険です。せめてオリジナルでバージョンアップを、と思っても、「禁止ワード」が設定できるようにはまだなってない。IPアドレスは毎回全く違うので役に立ちません。ただ宣伝するサイトのURLアドレスが毎回同じだったので、これを禁止すれば、さしあたりは大丈夫そうでしたので、同様に、

の1行を加えたらとりあえずこれもストップ。コイツが「捨てURL」を使い出したら、かなり怖いんですけどね。

どうも、ドメインごとにさらって行ってるみたいなんですよね。

幸いにして、ウチのスクリプトは、さしあたり派逃げ回りながら対策を考えることができるシステムになっているから大丈夫ですが、相当数のサイトがBBSの閉鎖に追い込まれている様子です。いやあ、ああまでマメに追跡するスパマーって初めてですわ。囮で残してあるBBSにはもう書き込んでこないくらいなんですもの。

こうなると意地の張り合いですな、もう。

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[ 2006年06月10日(土)のぼやき][カテゴリ:パソコンとIT ]


■ 編集後記 彷徨日記の逆説

久々のまともな更新です。3ヶ月ぶり。

もともと当サイト、開設の目的は、車椅子で出歩く人のためのちょっとしたコツ、アイデアをよーのすけの個人的体験に基づいて情報提供する、というものでした。80年代の終わり頃、自分が初めて脳性マヒ者の仲間を得たとき、車いすのまま、公共機関に乗れて当然、という、考えてみれば当然のことを初めて知らされました。車いすのまま公共機関に乗れる、ということは、普通健常者は知りません。ということは、普通校に行って健常者の中だけで育ち、生活した、歩けない人たちは、逆に障害者の中で伝えられる、そういうノウハウを知らないんじゃないか、というところから始まったのがこのサイトです。ノウハウとともに、具体的なケースを生き生きと伝えていこう、と。ですから、「彷徨日記」は、実は当サイトの原点です。

当初は、一般の「バリアフリー情報」のあまりのアテにならなさに、半ばあきれて作ったのがこのコーナーです。「バリアフリー情報」自体が少なくて、体系化もされていなかったことから、まあ個人がぼちぼち出かけた場所でも、役に立つかしらん、と思ったわけです。ところが、交通バリアフリー法が出来て以来、アクセスは出来て当たり前、という感じになってきました。

彷徨日記、2003年をピークにカタッと数が減ってます。このころから、らくらくおでかけネットの情報が充実してきたのと、駅のバリアフリー化がモーレツな勢いで進み始めて、困らなくなってきたからなんてせす。出かける回数は増えているんですけどね。乗り換え状況を細かく書いても、次に行ったときにはもう変わっているので、クロスリンク貼って、索引付けて…としう作業がアホらしくなりましたの。

それにですね。行けるところは行けて当たり前なんですよね。バリアフリー情報に乗ってるところは、行けて当然なんです。バリアフリーになってるけど、実はこういう場合に不備が出る、とか、そういう情報は個人サイトで発信する価値があると思うけど、ここは、こんなにすばらしいバリアフリーで、楽しめます、なんて書いても、つまらないんですよね、よーのすけとしては。なので、すいすい問題なく行けるところは、レポートしてません。だから、バリアフリーが進めば進むほど、日記の数は減っていくわけで。結構なことではあります。

とはいっても、バリアフリーな場所が広がれば広がるほど、その先に進んでみたくなるもの。というわけで、今回は、「駅から歩いてライブハウス」でした。

「バリアフリーの○○○○ってありませんか」っていう質問はよくありますし、○○○○のバリアフリー情報とか、バリアフリーな○○○○一覧、というのはよくありますが。

反対に、バリアフリーじゃないココに、こうやって出かけた、という話のほうが面白いかな、と。

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[ 2006年07月02日(日)のぼやき][カテゴリ:編集後記・サイトについて ]


■ 「障害者マーク」の怪

自動車に付ける「四つ葉マーク」。「若葉マーク」「紅葉マーク」と並ぶ法定マークで、このマークを付けた車に割り込みなどをかけると違反取られるのですが、あまり知られておらず、従ってまれにしかお目にかかりません。従って、効果のほどは限りなく「?」ではあります。

一般には知られていなくても、福祉業界ではさすがに知られております。で、先日、このマークをケアセンターの送迎車が付けているのに遭遇いたしました。

「...ありえないぞ、それは。」

四つ葉マークというのは、確かに「障害者が乗ってます」という意味なんだけれども、あくまでも「障害者が運転してる車です」を表すマークです。障害者を移送するサービス車が付けてるっていうことは、「障害がある人、障害がある人、介助サービス提供してます。」っていうこと。そりゃ、絶対ないとは言い切らないけどさ、10に1つあるかないかだと思う。しかも、リフト付きのワゴンで移送するほど重度な障害者の伊藤介助サービスに、ドライバー1人で介助する場合には。

駐車違反の取り締まりが厳しくなった折から、「障害者マーク」でもってなんとかしようという腹なんだろか。でもあのマーク付けて健常者が運転した段階でもう違法行為なんですけど…。まあ、かくいうよーのすけも、自分の車で送迎頼むときに、よく四つ葉マークを外し忘れて走ってますけどね。

「車いすマーク」を付けた介護事業者の車が堂々とハンディキャップ用駐車スペースに停まっていたり、なんか「障害者」っていうと免罪符にされるのって、やあよねえ。免除してもらっても、本人はさほど得しないで、むしろ周囲の健常者の方にメリットが大きかったりするんだから。

福祉業者が率先して「マーク」の意味を勘違いしてるのか、それとも勘違いさせようとしているのか…。「障害者なら何でもオッケー」それはそれで、ホンモノの障害者には、多分住みにくいと思うよ。

[ 2006年07月30日(日)のぼやき][カテゴリ:障害及び障害者について・与太話もあり ]


■ プロの仕事・アマのの仕事?それでもプロかい

今、とあるイベントに参加してます。かなり、「義理」の度合いが高く、やる気は限りなくゼロに近いんですが。もともとポシャる、というかポシャらせるつもりでいたのに、なぜか生き残ってしまい、なぜか運営委員に加えられている、という、よーのすけとしてはあまり楽しくないお仕事。

このイベント、一応ちゃんとした企業さんとのコラボなんですが、経費節減のため、ということで、看板その他、手作りしてます。パソコンとプリンターがある21世紀、そういうものを作るのがなんて楽ちんなんだろう、と、20世紀にペンキと筆と物差しで、失敗一発アウト、のお仕事をしていたよーのすけなぞは思うのですが、20世紀型人間達は、そういう経験をした人は意外に少ない、というか、ごく一部の器用な人たちだけなんですね。れっきとした重度四肢マヒのよーのすけが、ほかに一杯いたはずの健常者に代わって筆をふるってたという当時の状況というのも、冷静に考えるとこの上なく妙ですけれども。今回は完璧にヤル気なしだったので、「あたし、四肢マヒだから出来なーい。」と、知らんぷりを決め込みましたが、「これ、どういう貼り方したんだい。21世紀に新素材を使いながら、健常者が?」という出来になっておりました。材料の選び方・使い方を知らなかったらしい。

メインの大看板だけは、上述企業所属のプロのデザイナーに依頼することになりました。ところが、この看板、何しろ大きいので、特殊なプリンターでないと出力できず、そのプリンターを借りられるかどうかがわからない、という。「だったらつぎはぎでも。」と言ったところ、「それはプロのデザイナーとしての最低ラインに抵触するから許せない、って言われた。」んですと。よーのすけなら、「プロだ、っていうなら、そのつぎはぎが面白い、というデザインを引き出せよ。」って言いますけどね。ま、めんどくさいので黙っておきましたが。多分、10万円のAdobe社Illustratorで作ったと思われるその看板案、ちゃんとした材料と器財を使えばちゃんとした作品が出来るのは当たり前。それを使いこなすのがプロだ、とも言えるけれど、それがない中でもちゃんとしたものが出来るのもプロだろう、と思うのですが。

そんなデザイナー交渉を聞きながらもう一つ考えてたのが、昨今のWebデザイナーのお仕事。Flash多用で、涙が出るほど使いにくい。マウスをオンカーソルするとメニューがつるつる出てくるページとかさ。スクロールボタンFlashコントロールとかさ。野球のミットはめてマウス操作してみやがれ、って思います。あ、セラバンドの一方の端を口にくわえて、引っ張りながら他方を握ってマウス操作すると、不随意運動の感覚的に近くなるかも。意識が弛むとパッチン。

で、多分これも、Webデザイナーの言い分としては、「自分のプロとしてのプライド上、この程度に凝ったページでなければ許せない。」ということなんでしょうな。でも、でも、それは見る側の条件を選ぶ、ということです。早い話が、「こういう人にだけ見てもらえれば・使ってもらえれば。」ということなんですね。逆にいえば、対象を絞ってやる一発芸的な仕事なら、アマでもちょっと器用ならちょっと頑張れば出来ちゃう。Webに限らず、条件が厳しければ厳しいほど真価を発揮するのがプロなはずなんですよね。

プロがそこを怠るから、アマが頑張らざるをえないのが、ユニバーサルデザインとアクセシビリティの世界。

[ 2006年09月07日(木)のぼやき][カテゴリ:バリアフリー・アクセシビリティ ]


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