ぼやっきいなよーのすけ ver.3ログ  - 1

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■ Webなぽやきいろいろ

気が付けは、当サイトのファイルはなんと30メガバイトにもなってました。
検索用インデックスなども入れてありますから、外に出てるデータと同じ程度の隠れたファイルがあるわけですが、それにしてもスゴイ。
下手なサーバを選ばなくてよかったよ。ましてやニフティに追加料金でスペース取らなくてよかった。まさか200メガバイト使い切ったりはしないだろうな、と思いたい。

そうこうするうちに、またまた9万ヒットが近づいてきました。
ついこの間5万とか言っていたような…。あれ?どさくさまぎれに5万ヒット企画をすっ飛ばしたような…。
去,の後半頃から、彷徨日記ほとんど書けていなくて、気にしております。出かけることが多くなってきたのでいちいち書くのが大変になってきたのと、重複するようになったので、書き方とか変えないと意味がなくなってきたのとで、ちょっと困ってます。広島旅行記も、交通アクセス神奈川のレポも書けてないしな。
もともと、外出の手がかりになる情報を発信しようとして立ち上げたサイトなので、日記を充実しないといかんのですが。

とはいうものの。
今や、「車椅子」「脳性マヒ」の検索ではかなり上位に上がってくるようになりました。この2つをキーワードにしてサイトを構築してきたので、その意味では非常にうれしい現象です。
「脳性マヒ」のほう、少し知識が増え、いろいろ「ウソ」も書いているみたい?ということが出てきましたので、そろそろまた直さないとと思ってます。

以上、久しぶりの編集者愚痴でした。前は、更新のたびに編集後記を書いていたような気がしますけど。

[ 2004年12月17日(金)のぼやき][カテゴリ:編集後記・サイトについて ]


■ レジュメを作る。

 続けてパソコン関連の、ちょっとオタクな話題で申し訳ないけれど。あまりに大変だったので、一言言いたい。

時々福祉関連の講座に派遣されるようになってきて、レジュメを切ることがまた増えてきました。よーのすけの変と言えば変な所なんですが、どうもワープロソフトを使ってレイアウトするのが非常に苦手なんです。ここ何回かの「講義」で、ワープロソフトでレジュメ切ったのですが、見出しと箇条書き作るのにえらい苦労しまして。しかも、一度した苦労が、次作るときに全く引き継がれないんですよね。書式スタイル毎回作り直しで、しかも行ごとに貼り付けてやらないといけない。毎回非常にストレスがたまる。
 で、とうとうあきらめて、昔使っていたTeXという組み版ソフトに戻ることにしました。
 久しぶりにTeX原稿作りましたが、いやぁ、見事にコマンド忘れてましたねぇ。マニュアルと首っ引きでした。我ながらあきれたことに、TeXのマニュアル、5冊も持ってました。コピー本を入れると7冊。いかに難しいソフトかということがよくわかります。昔は、自分で簡単なマクロ作ったり、スタイル作ったりしてたんですが、もう自分が作ったマクロさえ、使い方を忘れてました。とはいっても、スタイルファイルは昔自作したのがそのまま使えるので、やはりこっちの方が楽。
 ただ問題は、TeXで組んだものをそのまま印刷できるパソコンというのが、普通には存在しない、ということです。仕方がないので、PDFに変換して出力するわけですが、今回ここで思い切り躓いた。時間切れで結局不完全な形でしか送れなかったのですが、今日一日かけて、やっととさ完全なPDFを作れるようになりました。やー、しんどかった。
 それでも今は楽ですね。エラーログをGoogleでそのまま検索すれば、何かが必ず出てきますもんね。

Wが付くワープロソフトは、どのパソコンにも大概入っているので、どこでも入出力できる、という点では確かに楽。だけど他方で、プリンタやフォントその他の環境に結構左右されるので、結局その都度直す羽目になったり、バージョンが違うとファイルごと壊れてくれたりするので案外面倒なんだよね。
 ストレスなく印刷物を作る、というのが、よーのすけの場合パソコンに一番求めることなんですが、これ、意外に大変なのよね。

[ 2004年12月23日(木)のぼやき][カテゴリ:パソコンとIT ]


■ 車いすの色

脳性マヒ&車いすユーザーの友人宅に、松の内にお呼ばれしたよーのすけ。この友人、玄関開けてくれるなり、あけましておめでとうも言わずに、「なあんだ、まだニューマシンじゃねェの?」…あのね君、年末仕事納めの日まで一緒に仕事してて、松の内に会ってるんだからさ、新車であるわけがないじゃないかあ。

あちこちで相談しまくったうえ、サイト上で製作過程を実況中継したもんだから、行く先々で、「まだかあ」「まだかあ」と言われとります。乗ってみたそーな雰囲気の方も約数名。

だけど、実は、彼らの最大の関心事はどうも、頭に2文字付くほど派手、というか、トンデモカラーの車いすに乗っているよーのすけが、今度はどんな色にするのか、にあるようなフシもあります。先に言っておきますが、今回は、カラーリングには予算使ってないので、基本色です。

さて、このトンデモカラー、バラしてしまうと蛍光オレンジのフレームに、少しダークなマリンブルーのプレートなんですが、評価はバッチリ2分されます。「何てきれいな色。こんなにすてきなの見たことない。こんなのできたらいいわねえ」という人と、「この色って…。うーん、正気か?」という人と。よーのすけの車いすを見て、ノーコメントの人には会ったことがないです。必ず何か一言言う。通りすがりの人でも一言言う。
 よーのすけ自身は実は後者だったりします。上述の友人は、かつて、よーのすけに会った瞬間、「うぅ、こんな色のフレームつくるメーカーって信じられん。いやそれより、こんな色で車いす作る奴って、どういうセンスしてんだろ。」と、一緒に仕事するにあたりマジで不安になったらしい。その評価には、よーのすけ自身賛成しますね。よーのすけ自身、まさかメーカーがこんな色のフレーム生産してるとは思わないで発注かけたんだから。出来てきた車いすを見たときのよーのすけの狼狽ぶりと言ったら…。見た瞬間、「早く5年経たないかな」と思いましたもんね。そんな色の車いすに乗ってる奴がいたら、そりゃ私だってセンス疑う。
 一言言い訳しておきますと、当時、見通しの悪い道路を夜走るようになっていたので、少し蛍光入っていた方がいいな、と思い、比較的地味に見えて、プレートのブルーに映える、ダークなイエローを選んだつもりだったんですけどね。少なくともカタログでは。

だけど、よーのすけ自身が乗ってる奴の性格を疑う、このトンデモカラーのフレームを褒めちぎる人もいらっしゃいまして。ただ、そういう人って、どっちかというと、自分が車いすに乗っていない人が多いです。「そーかあ、その色の車いすに4年かあ。ご愁傷さま。」と言ってくれた車いすユーザーさん、「スゴイ色の車いすだねえ…。でもトレードマークにすればいいじゃん。」と、ヒトゴトにおっしゃってくれた車いすユーザーさんは何人かいましたが、「私も欲しい」と言った人は、一人…二人くらいですかね。車いす介助をする人には、やたら受けがよくて、乗ってる人には今ひとつ、というのは、なかなか象徴的です。装具を含めた「福祉用品」がイマイチあか抜けないのって、理由はそのあたりにあるのかもしれない。

やっぱり、日常品、というか、シャツやパンツ、靴や腕時計のように、身につけるものとして車いすを考える場合、やっぱりあんましスットンキョーなのはなあ、おい、という部分はあります。子どもならピンクのキティちゃんやくまのプーさんもいいかもだけど、大人だしね。着ているものとの調和も一応考えるし、車いすだけかっこいいのも反対にダサいしね。
いっつも乗っかってるものだけれど、けっこう高級品だから、そうそうお気楽に着替えるというわけにもいかないし。少ない選択肢の中で、それなりに考えますわな。

ただ、このトンデモカラーの車いす、確かに名刺代わりにはなってまして、よーのすけの顔は覚えていなくても、「あっ、あの車いすには見覚えがある。」 営業活動にはよかったんですけどね。なにしろ、あまりにスゴイので、ネットで公開できないくらいだったし、隠し画像を見つけた人に、「あっ、よーのすけさんだ」って見つけられたこともあったくらいだし。(今のよりかは)フツーの車いすになりますので、平穏無事に目立たなくなるのがうれしいような、ちょっと惜しいような。

[ 2005年01月07日(木)のぼやき][カテゴリ:車いすや福祉機器 ]


■ 油断大敵、急がば回れ

「正月どうせお出かけしないしぃ。年末せわしないしぃ。きれいにしなくてもいいよね。」
 前回、上手にベリーショート風にしてもらえたのをいいことに、2ヶ月以上、髪の毛ほったらかしにしてたよーのすけ。年末すでに髪が増えすぎて手こずりだしていたのをさらに放っておいたものですから、さすがに前髪が目にかかるようになってきてました。何せのアテトーゼ型脳性マヒなので、目に髪がかかったりすると、ビックリ反応も起きがちです。ビックリ反応起きがちな状態で、車を運転するのは考え物ではありますし、前髪払おうと頭を振ったとたんに、しまった、頸を違えた!というのはままあることですので危険です。「前髪アレンジの仕方」なぞを参考に、暮れから正月にかけて、前髪を止めていました。よーのすけの手の機能を知っている人々はみな「信じられん」と言いますが、ひところ背中まで伸ばしていたことがあり、それを自分で結い上げたりしてたので、ヘアアクセサリーは一通り持っていたりします。
 で、日曜日の朝、外出するので、整髪料を付け、櫛目の通ったクラシカルな横分けにして、ラメのヘアピン2本で止める、というヘアスタイルに挑戦したよーのすけ、櫛目を通したところで、ヘアピンを自室のタンスに置きっぱなしにしてきたことに気が付き、取りに戻りました。ヘアピンを取って、洗面所に取って返せばよかったんですが、つい面倒になって、タンスの鏡に向かって立ったまま髪をとめようとしたんです。マヒの強い左手で髪を押さえ、右手でピンを髪に挿し…ここで、ちょっとよろけたか何かしたらしい。しまった!やった!と思ったときにはもう、右の肩胛骨の裏側を違えてました。確かに朝の着替え・洗面・整髪は、頸や肩を違える絶好(?)のチャンスですので、用心して動いてはいます。せめていつも通り洗面台に腰を当てて、多少とも安定させて作業すれば、ヤらなくてすんだかもしれないんです。しまった!と思ったときにはもう遅い。(いつものことですが) その日一日、肩が上がらす、頭も掻けず、痛くて横にもなれない、という悲惨なことになったのでした。
 油断大敵。急がば回れ。しかしながら覆水盆に返らず。なっちゃったもんは仕方がない。後悔先に立たず。
 とはいっても、モロにクビではなかったので、不随意運動の影響を直接こうむることは少なく、その意味では楽な違え方ではありましたけれども。

この症状、よーのすけはずっと「寝違え」と称しており、十代の頃から年に1〜2回やっては4,5日寝込む、というのを繰り返してきました。整形外科医の説明によりますと。
「神経伝達と筋肉の反射の齟齬によるけいれん。つまり、実際の注文は『カツ丼1人前』なのに、脳性マヒゆえ頭の方からは『カツ丼30人前』という指令か出てて、筋肉の方はカツ丼30人前作るつもりで気合い入れて取りかかったら1人前で、気合いが空転してつんのめった状態。」なんだそうです。

いつものことゆえ、常備してあるけいれん止めの漢方薬、それに筋肉向け解熱鎮痛剤を飲んでおとなしくしとりました。痛めて5〜6時間は痛みが増す一方で鎮痛剤は効きません。鎮痛剤が効き始めたら、回復方向ですので、痛み止めで緊張を抑えながら(痛いと当然緊張が強くなり不随意運動も激しくなりますからね。)、動かして筋肉をほぐしていく、という作戦を採ってます。ある程度収まったら、車いす頃がしたりする方が回復は早まります。

とはいうものの。自宅及び自宅近辺では車いす転がせるような場所はなく、寝違えたとき自動車の運転は緊張の度合いが高まるゆえ実はかなりやばい。月曜は成人の日ゆえお休みでしたが、火・水と当事者団体のオフィスの電話番の当番だったのです。運転そのものは問題なく出来そうなパターンの痛みでしたが、何となく後を引きそうな嫌な感じの痛さでして。これ、調子こいたら末代に祟りそうだな、と思ったので、「よし、今週は休むぞ」と決めました。ちょうどこの週は、ずっとフルメンバーが揃う週でしたし、何せの脳性マヒ者集団ゆえ、「クビが…。」と言えば、「みなまで言うな。おとなしく寝とれ。」と言われるはず。
 と思ったのが甘かった。火曜日の朝、「休みます」の電話をしたら誰もいない。電話がつながったと思ったら、「今日は体調不良で私以外全滅だよ。」ふえぇ。今週は全員出るって聞いていたから、今週いっぱいお休み頂きたいと思ったんですけど…。「それは来週の話。今週はいないよ。」ふえーん、よーのすけってば、何を寝とぼけていたんだろう。
 「無理するな。おとなしく寝とれ。なんとかするから。」と言われたのは言うまでもございませんが…。

運転そのものには響かない様子だったので、翌日は出ることにしました。
これは別によーのすけがマジメだからではございませんで。
 オフィスの隣に整体が開業しています。数ヶ月前、よーのすけは、何と、オフィスに出勤する途上で背中を思い切り違えてしまいまして。片道1時間強の出勤時間、捻ったのは家を出て30分。さて、戻るか行くか、あなたならどうする。
 かなり迷って、この日は戻らずにオフィスに行ったのですが、なんとか辿り着いたもののうぅうとうめくばかりで動けない状態に。頓服も効かないしで、どうにもならず、友人が時々かかっていたこの整体へ駆け込み、20分くらい触ってもらって、わりに楽になったことがあったんです。なので、そうだ、また隣の整体行ってみるか、と思ったわけです。
 午後にお休み少々もらって、30分ほどいじってもらうと、あきれたことにほぼ回復。突っ張ったような違和感は残ったものの痛みはほぼ抜けており(もちろん「いつも痛い」のは抜けてませんが)、お調子こきのよーのすけ、オフィスがはねてから、美容院行ってパーマかけてくる気になるまでになったのでした。
 翌日も、朝、痛くてうめかずにはおれなかったのが、軽い頭痛を残すのみとなってました。この頭痛もすぐに抜けましたし。とりあえずは、めでたし、めでたし。

しかし、これまた、とはいうものの。
 かかりつけの整形外科医には、「整体なんぞ絶対に行っちゃいかんぞ。揉み療治なんかもってのほかだ。」と言われていたりなんかして。よーのすけ自身、コドモ時代、東洋医学でひどい目に遭ってるので、東洋の神秘はあまり信用しとらんのですが。「治る時期にさしかかっていた。ほっといても治るもんだった。」とも言えなくはないですしね。
 それでも。整形のセンセにかかって、一日おきにひっぱったり、あっためたり、電気かけたりしても、なかなか回復の兆しが目に見えて出てこないのが、この整体さんだとかなりはっきり見える、というところはなかなか魅力ですわね。整形のセンセは「毎日来い」とおっしゃるけれど、整体さんは「月1度くらいでも効果あるよ」と言うし。保険効かないから、お高いですけれど。
 こういう「手の技」は、双方の相性も大きいので、一概に言い切ることは出来ませんが、どうやら合うところにぶつかったようです。
 ただ、残念ながら自宅からは遠いんだよね。近いところに見つけられると、回復期に触ってもらって回復早められるのだけれど。でもこういうのも、美容院と同じで、「どうしてくれる。」ということになる危険と隣り合わせだからなあ。

[ 2005年01月15日(土)のぼやき][カテゴリ:日記 ]


■ 財布の話

長いこと使っていた財布、口金が落ちかけている上に、なめし革だったはずがバックスキンになり、そろそろ買い換え時になってました。上肢にマヒがあるよーのすけにとって、レジの前で阿波踊りを踊るというのは日常の茶メシごと。それゆえ使い勝手には非常に気を使います。もっとも、健常な方々でも、ご不満を持ってらっしゃるらしい。なかなかこれだという物件に巡り会わず、売り場を素通りできない、という方は多いようです。
 財布を持ち始めてかれこれ25年。とはいえ高校生くらいまでは、せいぜい電話代の10円玉くらいしか持ち歩きませんでした。「高校生にもなって何で?さすがは障害児。」と思ったあなたは、物事をよく理解してます。しかし半分しか正しくないっす。よーのすけ、自宅の裏にある高校に通っていたもんで。健常児なら徒歩3分。電話代だっていらない距離。走った方が、電話線伝って声とばすより早いくらいですもの。その意味で、自分で財布扱うようになったのは大学生になってからです。自分で財布扱うようになって、結構苦労しましたねえ。札はともかく、銭の扱いがねえ。最初の頃、3回くらい財布のパターンを変えてます。
 で、ここ十数年、男物の二つ折り札入れに落ち着いてました。それも小銭入れのポケットが札入れと同じ方向を向いているものを苦労して探しました。でないと、小銭ばらまく羽目になりますから。某大学のキャンパスグッズの男財布が条件にピッタリでして、2代続けてそれを使ってました(一度落とした)。とはいえ、それだけでは小銭が足りなくなるので、ファスナー式の小銭入れを別に持つという、ホントに男の人そのものの財布生活をしてました。
 こういう色気のない財布生活してたのには、車いすユーザーならではの理由がありまして。車いすユーザーというのは、当然ですが、両手を空けておかないと身動きとれません。トイレなどに立つときに、普通に歩く人なら財布だけを手に持って行くのでしょうが、よーのすけの場合、それができません。かばんごと持って行くという手もありますが、当時はB4が入る巨大かばん一つで生活してましたので、隣室のトイレに行くためだけにそれ持って行くというのもなあ、というのがありまして。それに、かばん持って行くと、車いすごと入れる多目的トイレであればともかく、普通の洋式トイレだと、重いかばんを肩からぶら下げて立ち上がらなきゃいけない。ということで、持って行かれるとかなり困る、大きなお金とカード類の入った札入れだけをシャツの胸ポケット(ここ数年、女物のシャツから胸ポケットが消えてますが)か、ズボンの尻ポケット(美尻ブームでこれも減った)に入れて立つ、ということをしてました。PHSを持つようになって、さすがに財布だけ持ち歩くというわけにはいかなくなり、別に小さいかばんを持つようになりまして、今では袈裟懸けポシェットとしても使える小さなウエストポーチを使ってます。ですから、ポケットに財布を入れるという要請は確かに少なくなりました。しかし、かばんを車いすの背にかけて歩くことも増えてきており、その場合、ポーチなしで出かけたいときは、財布を背中のかばんに入れることには抵抗があります。そういうとき、財布を尻ポケットに入れられると安心なわけです。車いすユーザーの尻ポケットから財布を抜く、というのは、本人をひっくり返さない限り無理だかんネ。
 とはいえこの方式、財布を持ち歩くには便利なんですが、支払いをするときに阿波踊りを踊りがちになる、という最大の欠点があるんです。小銭入れが別な上、ファスナーなものですから、扱いが結構難しい。小銭入れだけをがま口に変えることも検討していて、探したのですが、ピンと来るのがなかなかなくて。開けたときに、かぱっと底まで見渡せて手が突っ込めるのでないと、銭拾えないからネ。よーのすけ、かなり大きくなるまでがま口が開けられなかったんですよね。がま口開けられたときの喜びを、おぼろげながら覚えてます。
 で、今回初めて普通に女性が使うがま付き札入れの小さいのを買ってみました。可愛い、という、質実剛健なよーのすけにしては珍しい理由で買っちゃったんですが、小さいとは言ってもやっぱり女性用の財布は大きいです。札入れと小銭入れを合わせたよりも一回り大きい。シーンによっては、使いにくいかもしれないなあ、と、思ったりもしてます。ま、ずっと使ってきた財布が、非常に使い慣らされてしなやかになっている、というせいもあるでしょうが。
 初めてのパターンの財布なので、どうなりますことやら。やっぱりまた色気のない財布生活に戻るかもしれませんけど。
 お金の出し入れ、というのは、現代社会では、生活の根幹に関わることですが、手が不自由だとこのあたりでも工夫が必要になってきます。もちろん、財布ごと店員さんに渡して、取ってもらう、というのもアリだとは思いますけどね。
 できることなら、スマートに、かっこよく。見えるように工夫したい。脳性マヒ者には一番縁遠い動作であることは重々承知しておりますが。

[ 2005年01月16日(日)のぼやき][カテゴリ:日々の工夫??? ]


■ どこでもドアのユニバーサルデザイン化

車いすユーザー1名、健常者1名と雑談をしてた時のことです。「ドラえもんのどこでもドアって、究極のバリアフリーグッズだよね。」、と言うので、へそ曲がりのよーのすけ、つい、「バリアフリーなもんかい。どこでもドアには敷居があるじゃん。私ら敷居またげないじゃん。」と言ったら、一瞬空気が固まりました。「そう言やたしかに、ドラえもんの道具って、ほとんど使えないものばかりじゃん。」どこでもドアにスロープを、って小学館に投書しなきゃ、という馬鹿話に流れたのは言うまでもありませんが(もともと馬鹿話だしね)、22世紀になっても、障害者はやっぱり障害者。
 もっとも、これは1970年代に見られた夢のお話で、あと百年経ったとき、「障害者」なるものがどういう扱いを受けることになるか、という話はもちろん別の話です。でも、「どこでもドア」に敷居が付くか付かないか、というのは、実は結構大きい話のような気がする。
 SF大好き人間ゆえ、こんなアホな話を考えてみたりします。「どこでもドアのUD化」。
 考えられるやり方は3つ。

1.どこでもドアから敷居がなくなる(スロープ付きになる)。
2.車いすその他の装具がものすごくよくなって、環境に依存しなくなる。
3.一粒飲めばぴたりと治る。人体上のどんな欠損もたちどころに回復させる薬ができる。

1はデザインを変えようという話で、面白くも何ともない話。2は障害者のための夢のような自助具を、という話で、最もドラえもん的な話。3はこの世から病気や障害がなくなるという、人類がずっと抱き続けてきた理想郷の夢。

ですが、1→2→3の順番で、ユニバーサルデザイン度は下がってきます。なんとなれば、1は、「障害者」の存在を前提に環境を変えなければならない、という発想から出発してます。2は、障害者の存在は前提だけども、環境はともかく仕方ないとして障害者に付加価値を付けてなんとかしたろ、という発想。3は、障害者だとしんどいだろうから、治しちゃれ、という発想。そりゃま、障害があったり病気だったりというのは、しんどいことだし、どんなに世の中変わろうとも、「制約」として課せられてしまうから、除去した方が楽は楽かもしれないのですが。しかし、と思うわけです。
 こういう命題を立てると即座に、「障害者の存在の否定=優性思想」と連想するのは、CP運動に足突っ込んだ人間の条件反射だと言われればそれまでではありますけどね。
 病気も障害もない社会って、楽園に見えるけど、実はすごく画一的で、逸脱を許されない社会なんじゃないだろうか。規格外の人間がいないわけですから。
 無人島にたった一人で産み落とされて、たった一人で言葉も情も通じない自然と戦いながら生きる、というのであれば、一定の水準以上の「人」てあることが要求されるのかもしれないけれど。そうじゃなければ、規格外の人間を「なんとか規格に収めよう」とがんばる社会設計って、あまり幸せじゃないんじゃないかしら。もっとも、よーのすけだって、病気でしんどいのは嫌だけどね。

[ 2005年02月06日(日)のぼやき][カテゴリ:障害及び障害者について・与太話もあり ]


■ お取りしましょうか

このところいささか物欲の徒と化してます。体重を4キロ落とすのに成功して2年目になってみたら、胴回りサイズが2サイズ縮んだんです。落とした直後は、それほどサイズ縮んでなかったのですが。ま、2サイズとは言いましても、ここ数年の「ローライズ」流行のせいでウエストサイズが大きくなり、ウエストのくびれがないよーのすけ向きのデザインになった、というだけのことなんですが。だから、ローライズ流行以前のものについては「原状回復して着られるようになった」だけなんですけどね。とはいえ、ふくらむ方は気づかないほど徐々にふくらんだわけで、ローライズ流行と体重のピークが重なってます。2サイズ違うと6センチ余りますからねぇ。座りっぱなしとはいえ、ちょっと…。
 てなわけで、ふらふらお店回ったりしてます。
 最近は、お店の人も親切で、試着も手伝ってくれたりするし、「世の中こんな簡単でいいのか」と思うほどだったりします。むろんこれは、ずっとよーのすけが、ボトムはヘルパーがいないと買えない、と思いこんでいて、家人がいるときにしか購入しなかったせいもしれません。世の中の方が意外に進んでいたのかも。
 とはいうものの。品定めしているときに意外に曲者なのが、「お取りしましょうか。」という親切な申し出です。高いところのディスプレイは、車いすからはそもそも見えないし、当然手も届きません。アクセサリーとか、調味料のびん、小さいものほど人間の目の高さに配置しますから、車いすユーザーには手も足も出なくなってしまいます。そこで、モノのバリアフリーには限界があるから、心のバリアフリーで、「お取りしましょうか」ということになるわけです。が、これ、「お取りしましょうか」だけではコトの半分なんですよねぇ。
 なんとなれば。
 取った商品は、棚に戻さないといけないわけですよ。何があるのかわからないから取って見るわけでしょう。で、ちょっと見たら全然違うものだから元に戻す。普通にお買い物をする場合、実際に購入に至るのは、10触って1つ買えたらいい方じゃないでしょうか。いつも買ってる白菜なんかは別として。かくて、「お取りしましょうか。」と言われても、ちょっと見てみたいだけのものだったりすると、結構です、って言うことになっちゃうんですよね。取って見たあと、ものを戻すためにまた店員さん呼ぶのが煩わしくてね。店員さんは、当然忙しいので、お取りしてくれたあとは別の場所に行っちゃいますから。
 とくに困るのが本屋さんで、高い場所の本はタイトルも読めない。あまり背表紙だけ見て「ください」という人はいませんから、取ってもらって少し読み、それを戻して隣の本を次々に…というのはちょいとやりにくいです。もっとも、本なら、わかるように平積みの上に斜めに置いて置いたりすることもできますが、上が小さなイヤリング、下がバッグ類、なんていう棚(こういう組み合わせは雑貨屋だとごく普通にある)で、イヤリング取ってもらっちゃってごらんよ、進退窮まっちゃいますぜ。
 全部なんとかしろ、というのは、まあ、現状では当面無理だとは思うんですが。で、せっかく「心のバリアフリー」で、「お取りしましょうか」と言ってくれるのなら、もう一言、ご覧になったら、その辺に戻しておいてくれれば結構ですよ。」とか、言ってくれるとかなり頼みやすくなるんですけどねぇ。なかなかそこまではイメージできないんでしょうなあ。

[ 2005年02月11日(金)のぼやき][カテゴリ:バリアフリー・アクセシビリティ ]


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